「女の子の部屋」感とフェミニズム

一昨日あたり、女の子の家に遊びに行って(って私も女の子なんだけどね!)、その「女の子の部屋」感がなんだかすごい久しぶりな気がした。もちろん、最近女の子の家に遊びに行ってないってないってことじゃなくって、全然そんなことないんだけど、そうじゃなくって「女の子の匂い」があるんだなあと納得。
最近友人に勧められてはじめて聞いたキリンジに『女の子のヒップは白くて冷たい』という歌詞があって、キリンジの兄弟の似た声のトーンがつくるコーラスのその抑制されたエロスの感じが、何故か近いように思えてならないんだよねー。
彼女と二人で暫く中秋の月を眺めて、yo la tengoのnuclear warなどをききながら色々な話をする。帰りがけにその日彼女のお母さんから届いた仕送りのお菓子をおすそ分けしてもらい、まだ何故か見ていなかったdumb typeのOR(なんと97年)のVHSを借りた。


昨日は週のうち数日している仕事の日。この仕事は塾講師だけれど、うるさいことは何も言われないので好きにできて楽しい。どう見えてるかわかんないけど、似合わない似合わない向かない向かないと言われつつよく考えるともう4年目。今は全員高校生を見ているんだけど、ぜっっっっったい!高校の英語の教科書ってフェミニズムについての章があるんだよねーーー。何故?昨日見た教科書では、地球環境汚染の「抑圧されてる地球を救おうよ!!!」みたいな章の次に、フェミニズムのところが来てて、(高校生で分かるこ英文しか使ってないということも手伝って)ものすごい紋きり型。こんなん教科書読んで、大学でフェミニズム勉強したいっていうコがいたらその感動のポイントを是非教えてもらいたい。