Brian Wilson "SMiLE"

経験上Brian Wilsonと日本のgrateful deadのファンというのは怖い。もちろん、ヒッピー崩れの一部のdeadファンは物理的に怖い。でもその話じゃなくって何十枚ものブートのレコードを集めることがある程度のファンとしての最低限の通過儀礼にしかならないような、めくるめく大人コレクターの世界。たった一曲の為の音源を収録した3枚組のボックスが飛ぶように売れている世界が怖い。
彼には歌う時に口の端がひきつる癖がある。2年前の初来日時、本当に彼がsweet insanityから快復を見せたのかが信じられないファンが、『替え玉にも癖を仕込んだんじゃないか』なんて、興奮して言っているのを耳に挟んだりして、やれやれと思ったりしていた。完成してたらSgt. peppersを超えた歴史に燦然と輝く金字塔を建てることになった「筈」の伝説のアルバムSMiLE、と言う文句を私は何回聞いたことがあるのだろう。
SMiLEという名がつけられた筈の、ジグゾーパズルをああでもないこうでもないと組み立てる遊びには、報われることのない美しさと青春がある。だって、絶対的にピースの数が足りないというアイロニーが無限の可能性を奏でているから。そのことはよく分かるけど、まだ私はアイロニーを目で追いたくはない。だから分からないふりをしておく。
04年のSMilEは美しくて(67年のとはこれは別ものだ)、3回くらい連続で聴いた後に、涙が出そうになっていてびっくりした。これはそんな伝説に寄りかからなければならないような音楽ではない。ボーカルは新しく録り直されている。音も出来るだけ67年当時のアナログな環境に近付けた状態で録られたらしい。ハイファイでわざとローファイな音を作っているその透明な感触が余計に、外に広がりを持たないで循環しているこの箱庭と、「自分が外に向かって笑いかけたいからsmileと名づけたんだ」という箱庭の住み主の意向との亀裂をより引き裂いてゆく。でも、高音の出ない、おじさん声になったブライアンの声のハーモニーは痛々しくはない。